東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)17号 判決
一 前掲請求の原因のうち、原告を特許権者とするその主張の特許発明について、被告のした特許無効審判の請求から審決の成立にいたる手続、発明の要旨および審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。
1 本件(一)の発明の(Ⅱ)の構成を除くその余の本件(一)、(二)の発明の主たる構成要件がそれぞれ審決認定のとおりであることは原告の認めて争わないところである。そして、成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)によれば、本件(一)の発明の(Ⅱ)の構成としては、本来、「粒子の若干または全部を随伴したガスの中から、その流れの方向を変更することにより生ずるガスの旋回流作用によつて、粒子を沈降させて集合体とし、その集合体をガスと逆流するように動かす」ことであることが認められる。したがつて、審決がこれに加えて(その集合体を)「熱交換を行う場所に送る」ことと認定したのは誤りというべきであるが、審決の理由全体に徴しても右認定の点に格別技術的意味があるものとは解されないから、右事実誤認をもつて審決の判断に影響を及ぼすものということはできない。なお、原告は本件発明が特に五〇ミクロン以下の微細粒子の熱交換を目的とするものであると主張するが、前示発明の要旨に原料粒子の大きさについて格別の限定はなく、単に、本件(一)の発明の要旨中に「ガスの流れの速度をその粒子の自由沈降速度より大きくして、粒子の若干または全部を随伴させ」として、粒子の自由沈降速度とガス速度との関係が規定されているにすぎない。もつとも、前出甲第二号証によれば、本件発明の明細書中発明の詳細な説明に「……………セメント原料粒子のように粒子が非常に細かいとき、ガスが粒子の大部分を伴い、気体と粒子が逆に流れる作用を損うという問題を生ずる。このような場合の粒子の大きさを判らせるために、セメント原料粒子は通常五〇ミクロン以下、例えば、二〇ミクロンの平均の粒子大きさを有するということができる。」(公報第一頁左欄第三五ないし右欄第一行目)との記載があるけれども、それだけでは、本件(一)の発明における原料粒子がその自由沈降速度とガス流の速度との関連から五〇ミクロン以下に限定されているものとは解しがたく、他にそのような解釈を補うべき特別の事情もないから、原告の前記主張は採用することができない。
2 本件(一)の発明の進歩性について
第二引用例に審決認定の記載があることは原告の争わないところであり、その記載および成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、同引用例の発明は、固体粒子を上方向に流れるガス中に供給し、その粒子がガス流の中を重力で落下するようにして熱交換を行わせる方法および装置に関するものであつて、特に、その明細書の記載のように「本発明の方法は、石灰または鉱石の燃焼のような種々の応用例に使用することができ、セメントの製造に特に有用である。この場合、セメント製造で生じる乾燥、予熱、煆焼、焼給、冷却のいずれの段階にも応用できる。……………また、熱ガスは粒子が燃焼されるキルンからのものでもよい。」(第一頁第一欄第五八ないし第六七行目)ので、これによれば、本件(一)の発明と同様セメント原料粉末を回転キルンからの熱ガスと熱交換させて予熱する方法を含むものであることが認められる。さらに、右甲号証によれば、同引用例の発明はその明細書中「上方に移動するガス流における非常に細かい粒子の落下速度は小さいが、大量の粒子がガス中に浮かされるときその落下速度が増すことが知られている。ガスの単位当りの粒子の数が増加すると、粒子はもはや個々の粒子として動作しなくなり、ガス中をかなり急速に全体として一個の物体のように動く。」(第一頁第二欄第三四ないし第四一行目)との記載のような知見に基づいて熱交換が行われるものであることが窺われる。そして、同引用例の発明の立筒内におけるガスおよび原料粉末の挙動について右知見並びに右甲号証によつて認められる明細書の記載(第二頁第三欄第一二ないし第六七行目)により追究すると、同引用例の発明において、上方に流れるガスは、その速度が通路23内において原料粉末を懸吊する速度よりはるかに大きくなるから、総体的には勿論、それは原料粉末の自由沈降速度よりはるかに大きく、また、通路23を出たガス流は通路23が立筒11の軸に対して傾斜して設けられているため、より広い空間24において旋回流を形成しつつ、その側壁に沿つて流れ、なお、ガス旋回流は、空間24において速度が減少するとされているが、通路23内における速度をある程度保持するため、通常のガスの上昇速度よりは大きい速度を有するものと考えるのが相当であり、他方、原料粉末は、空間24内においてガス旋回流に乗つて、遠心力を受け、その外側に当る空間24の壁側に寄せられて、濃度を高められ「一個の物体」のような集合体となつて、ガス流とは逆に空間24内を降下するものと考えられる。
そうだとすると、同引用例には、ガス速度を原料粉末粒子の自由沈降速度より大きくする本件(一)の発明の(Ⅰ)の構成と同一の技術および旋回するガス流の作用によつてガス中に随伴された原料粒子を集合体とし、ガス流とは逆に沈降させて熱交換を行なう同Ⅱの構成と同一の技術が開示されているものというべきである。
原告は、第二引用例の発明において、原料粒子がガス流に逆行して下方に移動するのは、仕切壁の上肩部に堆積した粒子が一定量に達すると飽和状態となるため、雪崩作用を起して落下するものであつて、本件(一)の発明とは原理が異なる旨を主張し、前出甲第四号証によれば、同引用例の発明においては、原料粒子が仕切壁22および横断壁の上肩部附近に堆積することがありうることを認めることができるが、原料粒子がガス旋回流の作用によつて集合体として沈降する現象に関する前記認定を覆して原告の右主張を肯認するに足りる証拠はない。
また、原告は、第一、第二引用例の各サイクロンと本件(一)の発明の(Ⅲ)の構成とはその目的、効果において異なると主張するが、前出甲第四号証および成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、右各引用例の発明におけるサイクロンは、いずれも、これによつて分離した微粉を外部に取出してしまわず、供給原料とともに予熱器に戻す作用をするものであつて、ダスト回収装置として空気の汚染を防ぐのみならず、原料粒子のすべてを有効に利用するという目的、効果を併有することが明らかであるから、結局その目的、効果において本件(一)の発明の(Ⅲ)の構成と異ならず、換言すれば、右各引用例には本件(一)の発明の(Ⅲ)の構成が開示されているというべきである。
以上の次第で、審決が本件(一)の発明の(Ⅰ)ないし(Ⅲ)の構成を第二引用例の発明と、同(Ⅲ)の構成を第一引用例の発明とそれぞれ一致するとした判断、したがつて、そのような判断のもとに本件(一)の発明を、右各引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたとして、その特許を無効とすべきものとした判断はすべて正当というべきであるから、その余の判断を俟たないでも、審決に原告主張の違法があるということはできない。
3 次に、本件(二)の発明の進歩性について
第一引用例に審決認定の記載(但し「熱交換のために」との記載部分を除く。)があることは原告の争わないところであり、その記載に前出甲第三号証を参酌すれば、同引用例の発明は、原料粒子をキルンからの熱ガス中に供給し、その粒子がガス流の中を落下するようにして熱交換を行わせて予熱する予熱器に関するものであることが認められる。そして、同引用例の発明が本件(二)の発明の(Ⅱ)の構成と同一であることは原告も認めて争わないところであり、また、右甲号証によれば、同引用例の発明は同(Ⅲ)の構成を具備していることが明らかであり、その細粉集収器(サイクロン)の目的、効果が本件(二)の発明の(Ⅲ)の構成におけるそれと異なるものではないことは、本件(一)の発明の(Ⅲ)の構成について先に判断したところから明らかである。したがつて、同引用例には、少くとも本件(二)の発明の(Ⅱ)および(Ⅲ)の構成たる技術内容が開示されているというべきである。
そして、第三引用例に審決認定の記載があることは原告の争わないところであり、その記載および成立に争いのない甲第五号証(第三引用例)によれば、同引用例の発明は細分割された固体の熱処理のための装置に関するものであるが、同発明における固体原料を予熱する予熱ゾーンの一例としてその明細書添付図面(別紙第四図面、〔編註〕省略)に示されている装置は、内部にジグザグ形の通路を設けた垂直形立筒であつて、その通路の下方から高熱のガス流を上昇させ、上方から固体原料を落下させるものであることが認められ、一方、前出甲第二号証によれば、本件(二)の発明においては、原料粉末および熱ガスを通過させる予熱器について、その内部形状がジグザグ形立筒であることを要請されているが、立筒の外形をジグザグ形に構成することによつて格別の作用効果を期待したものではないことが明らかであるから、第三引用例の発明における垂直形立筒の構成は、その外形上の差異にかかわらず、本件(二)の発明の(Ⅰ)の構成と実質上同一であるといつて妨げず、これと相容れない原告の主張は排斥を免れない。また、原告は、本件(二)の発明の立筒が、そのジグザグ形屈曲部によりガスに旋回流を生じさせる作用効果がある点において、同引用例の発明における立筒と異なると主張するが、前者に右のような作用効果が生じるものとすれば、これと同一の構成たる後者にも当然同様の作用効果を期待することができるから、原告の右主張は失当である。したがつて、同引用例には本件(二)の発明の(Ⅰ)の構成にかかる技術が開示されているといわなければならない。
以上の次第で、審決が第一引用例の発明が本件(二)の発明の(Ⅱ)および(Ⅲ)の構成を備え、第三引用例の発明が同(Ⅰ)の構成と実質上同一であるとした判断、したがつて、本件(二)の発明を、右各引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたとして、その特許を無効とすべきものとした判断はすべて正当であるから、その余の判断をするまでもなく、審決に原告主張の違法があるということはできない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(一) 後に回転キルン中で燃焼してセメントクリンカーにするべき原料粉末を、キルンからの熱ガスと熱交換させて予熱する方法において、原料粉末粒子を高温キルンガスの上向き流れと主に逆の流れで動かし、ガスの流れの速度をその粒子の自由沈降速度より大きくして、粒子の若干又は全部を随伴させ、ガスを循環通路に流して粒子の下降運動を起させ、循環通路の各々の中で随伴された粒子の若干のものをガスから沈降させて集合体とし、ガスと逆流するように動かし、ガスに随伴された原料粉末粒子を熱交換を行なう場所から逃がし、ガスから分離し、後に新たに熱交換を行なうために戻すことを特徴とする方法
(二) 後に回転キルン中で燃焼してセメントクリンカーにするべき原料粉末を、キルンからの熱ガスと熱交換させて予熱する予熱器において、下端が回転キルンの上端に連結したジグザグ形立筒を有し、キルンからの熱ガスは立筒を通つて上方に流れ、立筒からの原料粉末粒子はキルンに落ちるようになつており、原料粉末を、立筒にその上端近くで導入する管と、立筒の頂に連結した細粉集収器と、細粉集収器中に沈降した細粉を、再び立筒にその上端近くで導入する管とを有することを特徴とするセメントクリンカー用原料粉末の予熱器